「おれたちは、別の世界で始めるんだ。この世界の人間は誰もいない、新しい世界で、どんな痕も残っていない、きれいなからだで、初めから生き直してゆくんだ……」
                
「永遠の仔」 天童荒太 

 1997年春、老年科の看護婦、久坂優希は20年ぶりにかつて<動物園>と呼ばれた児童精神科で一緒だった長瀬笙一郎、有沢梁平のふたりと再会する。それはすなおに喜ぶだけではすまない再会だった。17年前のある日、三人は優希の父親を殺していたからだ。秘密を抱えて生き続けてきた三人。モウルと呼ばれていた笙一郎は弁護士に、ジラフと呼ばれていた梁平は刑事になっていたが、彼らの中には17年前と同じ闇が残っていた。そんなある日、優希の弟聡がふとしたことから優希の過去を探り始める。同時に起こる複数の殺人事件。17年前、彼らはなぜ優希の父親を殺さなければならなかったのか。そしていま、どうして彼らは他の人々と同じように生きることができないのか。物語は過去と現在を往来して、真実を明らかにしてゆく。
 裏表紙には「震撼」とか「衝撃」とかいう言葉が連ねられるが、この話はむしろ、淡々とすすみゆく日常の哀しみといったもののほうが重いのだと思う。多かれ少なかれ、人は演技をし、表面を取り繕って生活しているものだ。「なぜ」自分はこうなのか、と突き詰めて考えることはある意味で危険である。多くの人は、他者と違う自分は見ない、見えないふりをして生きている。そのように考えると、三人がしまいこんでいた過去を振り返ってしまったとき、そのことがすでに事件の始まりであったともいえる。多くを語るとネタばれになってしまいそうなので口を閉ざすが……全5冊。しかし、ぜんぜん長くない。字が大きいせいもあるのだと思うが、実質的には3冊半分くらいだと思ってもらってよい。手にとってみるのもよいだろう。



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