彼はうつろに見つめた。十語のうちの一語も理解していなかった。心はただ、空しさと、無用さと、孤独をかみしめ、女と青いウサギとその他いっさいが消えうせたあとの耐えがたい真実をかみしめていた。
           
「輝く断片」(「輝く断片」所収)シオドア・スタージョン(大森望編) 河出書房新社

 彼は、歩道のふち石の上に横たわる女を見つけて、家に運んできた。血まみれで、驚くほどどんどん血があふれ出てくる。身体につけられた長い切り傷。どうしたらいい? 警察に電話をする? 病院に連れて行く? もとの場所に置いてくる? 彼は、彼女の服を脱がし、熱湯消毒した針と糸で傷口を縫合した。スポンジで血をふきとり、軟膏を塗ってやり、スープを作って、リボンで飾ってやって、何か贈り物を買ってきて……
 短編集。
 それまで他人に馬鹿にされたり無視されたりしても、ごく目立たずに生きてきた人間が、ある一瞬から狂い始める……そんな物語たちが収められている。
 「用なし」と罵られてきた男が、初めて得た、自分がいなければ生きることさえできない存在。彼女のためには自分がなんでもやってやらなければ、と男は生きがいを見出すが、やがて女は快復し、そして驚愕のオチが待ち受ける。
 「ニュースの時間です」「ルウェリンの犯罪」「マエストロの犯罪」等、すべて、ある一瞬、ブチッと切れてしまう男たちの話である。読んでいる最中に、そんな描写などどこにもないのに、その音が聞こえてくるような気がする。
 ……で。そうです、甘いんです、わたしは。そんな作品群の中にあって、オススメは「取り替え子」。若い男女が遺産相続のために、森で拾った取り替え子を連れて伯母さんの家に行く。見た目は可愛い金髪の天使なのに、どすの効いた低音でしゃべり、血のしたたるステーキが大好物だというブッチ(パーシヴァルとは決して呼んではならない)。彼流のつつしみとして、女性には決して着替えをさせないブッチのせいで、「僕」はおむつを替え、ブッチがステーキを食べているあいだに裏ごしした豆のペーストやら生ぬるいミルクやらを飲まされる。そして、思いがけない結末(ハッピーエンド)。
 オススメです。ぜひ。



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