死を決めて、初めて私は私のいない未来を愛しく感じていた。その未来につながっている今のこの世界の何もかもをも、それなら許せそうだった。
        
    「チェーン・ポイズン」本田孝好  講談社

 三十六歳の「私」は、生きる意味を見つけられずにいた。週に五日は雑用をこなし、残りの二日で思い切り息を吸い込み、また続く五日間、水中に身を沈めるように暮らしてゆく。そんな未来が簡単に想像できてしまう。定年まで、あと二十年以上。自分はこのまま、誰に必要とされることもなく、ただただ惰性で生きていくのか。自分とおなじ名前を持つ女性が書いた『二十歳の原点』。著者、高野悦子は、二十歳と六カ月で鉄道自殺を遂げた。自分も、もう疲れてしまった。そして、公園のベンチでぽつりと「死にたい」と呟いたとき、後ろから声をかけられる。謎めいたその人物は、どうせいますぐ死ぬ理由がないのなら、あと1年。あと1年頑張ったら、眠るように楽に死ねる薬をご褒美として差し上げましょう、と誘ってきた。いまから保険に加入すれば、自殺だとしても誰かに遺産を残せる。そんな風に思って、1年、頑張って生きてみませんかと。これは新手の保険勧誘か、それとも何か別の思惑が? しかし、眠るように楽に死ねる薬という誘惑は大きかった。いますぐに死なねばならない理由もない。そして私は、1年後のために生き始める。
 一方、雑誌記者の「俺」、原田は、かつて自分がインタビューした相手が、立て続けに毒薬を口にして自殺していたことに不審を抱いていた。アルカロイド系の毒。彼らはいったい、どこからそれを手にしたのか。しかも、彼らはすぐに死んでもおかしくなかったのだ。なのに、1年ないしは1年半が過ぎたころに、自殺している。この時間は何のためのものだ? 耳の聞こえなくなった天才バイオリニストと、妻と娘を殺され、犯人の死刑が執行されたばかりの夫。ある種の有名人であるふたりだが、関係性はまったくない。しかもそのころ、まったくの無名の元OLも、同じような毒で自殺を図ったという。高野章子。彼女はなぜ自殺したのか。何かにひきずられるようにして、原田は生きていたころの高野章子について調査を始める。
 物語は、「私」と「俺」の交互の視点で語られる。1年後の死を決めた「私」は、ふとしたきっかけで、ボランティアとして児童養護施設を手伝いながら、あと半年、あと三か月、と、残りの日々を数えて暮らしていた。傷ついた子どもたちのしぶとさに憧れながら、それでも自分はあと少しで死ぬのだと思いながら。そしていつしか、5年後、10 年後を語り始め、未来を愛しく思い始めたとき、園長が突然倒れ、施設は存亡の危機にさらされる。
 ネタばれになるので多くは語れないが、後半はぼろ泣き。本田孝好の、せつなくて、哀しくて、けれど力強くて、という、主人公たちの生き方が、たまらなくリアルに迫ってくる。最後の最後まで気が抜けない。35歳以上の独身女性、必読。



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