「わしの人生はえらくしんどかったから、しばらく休んでもよかろう」とため息をつく。
「地獄のお裁きでは、閻魔王たちにみつゆびなまけものに生まれ変わらせてほしいと頼むつもりだ。おまえさん何か希望があるかな?」
 ぼくは考えこんだ。「雲ですね」はにかんで言った。
                  
「鳥姫伝」 バリー・ヒューガート(和爾桃子訳) ハヤカワFT文庫

 琢谷の庫福村で暮らす陸羽、通り名は十牛。その名のとおり、身体が大きく力持ち、という気のいい村の青年が主人公。物語はある日、庫福村の子どもたちが原因不明の病気に掛かり、倒れてしまったことから始まる。村人たちの期待を一身に受けて北京まで賢人を探しに来た十牛だが、彼の味方になってくれるような人物はひとりもいない。ようやくたどりついた先にいたのは、小柄でやせ細った酒飲み、李老師だった。もとは状元、科挙で第一番の成績をおさめた、李老師は、洒脱なところがたっぷりあり、やや問題行動はあるものの、その風格には間違いなかった。そして子どもたちの様子を見て治療法はただひとつ、幻の大力参という薬草であると診断し、十牛とともに旅に出てくれることとなる。
 さてそこからの大力参を求めての二人の旅ときたら、詐欺まがいで金品を騙し取り、あの手この手で大力参と思われるものの入手を企む、という――そう、これって、ある意味ではコンゲーム小説なのだ。恐妻家な学者、候恐妻やけちんぼ沈、皇帝の金庫番、兎鍵とその奔放な妻蓮雲などと出会い、人参を少しずつ手に入れながら大力参へと近づいていったふたりは、同時に自分たちの旅が奇妙な伝説と関わっていることに気づく。それはかつて、不忠の女官によって天に行くことができなくなった鳥姫の物語だった。
 最初、慣れるまでは読みづらいところがないわけでもないのだが、とにかく中盤からは作者も乗っているのか、スピード感もあっておもしろい。騙し騙され、純朴な青年と悪知恵の働く李老師のコンビの見事なこと。元が英語だというのに、訳のつけ方もうまいので、そういう意味での違和感はない(時代考証としてどうよ? ってのはないわけではないが、時空的にずれた「もうひとつの中国」だと思えばなんてことない)。鳥姫伝説は、おなじみの有名な伝説がもととなっている。ああ、こういう捻りもあったのねえ、とそういう部分でも感心することしきりであったことをここに告白しておく。世界幻想文学大賞受賞作。



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