「そういうことがいつから気になるようになったの?」
 
            「チャイルド44」 トム・ロブスミス(田口俊樹訳) 新潮文庫

 国家保安省に勤めるレオは、あるスパイ容疑者を追いつめるさなか、同僚の息子の死について両親に説明するという仕事を与えられた。その死が殺人だと疑わない両親や親族に対して、国家がそれを事故死だと認めたのだから事故死だ、といい聞かせたレオ。しかし、副官の作為によって悪意ある計略にはまり、片田舎の民警へと追放されたレオが見たものは、同僚の息子と同じ死に方をした少女の遺体だった。裸にされ、口に泥のようなものを詰め込まれ、内臓を抜かれ、足には紐のようなものがついている。これだけ特徴のある遺体でありながら、横のつながりのない民警では、知的障害者や同性愛者たちを次々に逮捕し、処刑していくだけだった。国家というものに盲信的に従ってきたレオだが、少年少女の遺体を前にして、心の中に新たな気持ちが芽生えはじめる。だがそれは国家反逆罪に等しいものだった。本当の犯人を見つけ出さなければ、レオ自身ばかりか家族までもが処刑される。だが、そもそも、本当の犯人を見つけ出そうとする行為そのものが処刑に値するのだ。身動きの取れなくなったレオに残されたのは、彼への嫌悪を隠そうとしない妻のライーサしかいなかった。
 チャイルド44――これは、調査を始めたレオが、少年少女の殺された場所にピンを刺してゆき、44人めのピンを刺したことに由来する。それだけの少年少女が殺されながら、「国家の威信」が何の罪もない人々を処刑していく無情。がちがちの体制派であったレオが、殺人事件の捜査をきっかけに、人としての生き方に目覚めていくが、そんな彼を待ち受けているのは、降格であり、妻や両親をも巻き込んだ身の危険だ。自分だけではなく、周囲の人を巻き込んでしまってもよいのか――人間らしさにめざめたレオの葛藤と、それでも最後は国家ではなく人々を信じ、守ると決めた強さがよい。
 2009年度版「このミステリーがすごい!」海外編第1位。08年度のCWAスティール・ダガー受賞、ブッカー賞ノミネート。
 上巻の半ばまでは、レオの葛藤が中心となっているため、なんだかもたもたしている感もあるのだが、レオが民警で連続殺人に気づいてからは、ページを繰るのももどかしいほど。最後に明かされる哀しい真実まで、目が離せない。



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