あなたならどうするだろう? いや、答える必要はない。
           
「千尋の闇」 ロバート・ゴダード(幸田敦子訳) 創元推理文庫

 1977年の春、元歴史教師のマーチン・ラドフォードは友人に誘われていったポルトガル領マデイラで、謎に満ちた回想録(メモワール)とめぐり合う。メモワールの書き手は半世紀以上も前に謎めいた失脚を遂げたエドウィン・ストラフォード。党の信望も厚く、美しく才気溢れる女性エリザベスとの恋も順調であった彼が、一夜にしてすべてを失わなければならなかったのは何故なのか。苦悩に満ちた彼のメモワールに魅了され、ストラフォードの調査をはじめたマーチンだが、その前に立ちふさがる謎は迷宮にも似て終わりがない。しかも、どこで知ったのか調査を妨害する輩までが現れ、ついには新たな殺人事件まで起きてしまうのだ。半世紀も前の秘密を守ろうとしているのは誰か。敵も味方もわからぬ錯綜した状況の中、マーチンはただひとりでストラフォードの過去に踏みいってゆく。あなたならどうするだろう? と問いながら。いつしか、友人の誰よりもストラフォードを身近に感じる彼なのだ。
 ストラフォードのメモワールの謎は当初あっという間に解き明かされるようにも思われるが、それが甘い。次々に出てくる謎、謎、謎。ストラフォードのメモワールにかかれた状況とマーチンの現状がいつしか重なってきてしまう驚き。ページを繰るのがもどかしいほど、いつしかどっぷりと引き込まれていることになる。
 ところで、この話の重要人物といえばやはりエリザベス。ストラフォードのメモワールの中では若き女性であった彼女がまだ矍鑠たる老婦人として生きており、文字にされなかった真実を語ってくれたり、マーチンに手をさしのべ、その心の孤独を癒してくれたりもする。強く美しいイギリス女性として、憧れてしまうような人だ。エリザベスと出会うためだけにも、何度も読み返したくなる。



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