「他人のほんとの罪を聞くよりほかに、することがなにもないような男が、人間悪についてなんにも知らずにいるなんてことがありますかね?」
         
   「青い十字架」(「ブラウン神父の童心」所収) 創元推理文庫

 不格好な小柄なからだに、まんまるな童顔と近視ぎみでいつもぱちくりしている目、大きな黒い帽子と神父服に身を包み、いつでもこうもり傘を手にし、しかもそのこうもり傘を扱いかねているようなぶきっちょぶり……誰もが見過ごしにしそうな貧相でとんまな神父、けれどこと何かが起これば、そこにいるのは驚くほどに理性的で知的な「名探偵」、それがブラウン神父である。
 短編集。数冊にわたる短編集はどれを最初に読んでもそれほど問題はないようにも思えるが、実は順番に読んだほうが楽しめるはずである。なんとなれば……「青い十字架」で初登場したのはブラウン神父だけではなく、ブラウン神父と生涯にわたってつきあいのある大泥棒にして探偵、のちにはスペイン城主におさまるという異例の経歴の持ち主フランボウもいるからだ。フランボウとの関わりに見られるように、ブラウン神父の謎解きは犯人の告発とは結びつかないことも多々ある。それは犯罪者の心に寄り添い、自らが犯罪者の心理になることで謎を解いてきたブラウン神父ならではのことだろう。ブラウン神父は決して「思考機械」ではなく、人間味あふれる聖職者だからだ。
 数々のトリックや奇想天外な結末、ほのみえるユーモア。どれもはずれなし。オススメ。



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