墨者は確かに守ることしかしない。だが、その守りが彼らの最大の攻撃なのかもしれない。
            
   「墨攻」 酒見賢一 新潮社

 紀元前五世紀ごろ、墨子という奇妙な思想家が活躍していたといわれている。由来に諸説あるが、博愛主義を唱えた墨子と彼の教団を、キリストと並べて褒め称える西洋人もいる。だが、一方で、墨子教団は戦闘集団でもあった。この物語は、墨子の教えを受け継いだひとりの男が、たったひとりで二万の兵から城を守ろうと奮戦した話である。
 根っからの墨者で、技術者でもあった革離は、政治的な思惑からは遠く、弱いものを助けるという墨者の根本を忠実に守ろうとするために、教団をとりまとめる田巨子の反対を押し切って、ここ、梁郭へとやってきた。本来ならば、墨者の精鋭が何人も来て、分担して作業にあたるところを、彼はたったひとりである。敵が本格的にやってくるまでに、準備しておかねばならないことは山ほどある。食料保存から武器の製作、城壁補強、塹壕の掘削、井戸の掘削、兵卒管理。何から何までが、彼ひとりの肩にかかってくる。そのため、ときには厳しすぎるほどに規律を守らせ、ときには憎まれようとも、ひたすらに献身的に身を粉にして城の守りに取り組んでいく。その姿は、城主やその息子には煙たがられ、恐れさえ感じさせるものであったが、民の心にはなくてはならない存在として焼きついていく。そしてついに、敵の軍勢がやってきた。
 短くてあっという間に読めてしまう。
 守りこそ最大の攻撃、ということであろうか。革離の活躍は緻密であるがゆえに、いっそすがすがしい。

 ……が、戦術にNHK「風林火山」とだぶるところが多すぎて、途中、山本勘助に思えてしまったのはいかんとも……(個人的な反省。わかってますとも、勘助のほうがまねだってのは)。



オススメ本リストへ