「わたしは変わってしまっていたのよ。わたしが口を開いたとたんにみんなは真実に気づいたわ! なぜって、わたしがあなたのことをとても気づかっているから――」すすり泣きに声がかき消されそうだった。「あなたのことをとても愛してしまったから、わたしはもう<監視者>でいられなくなったのよ」
             
「宿命の赤き太陽」 マリオン・ジマー・ブラッドリー (浅井修訳) 創元推理文庫 ダーコーヴァ年代記3

 ジェフ・カーウィンにとって、惑星ダーコーヴァは子どもの頃から夢に見てきた故郷だった。地球の祖父母のもとに連れて行かれるまで、彼はスペースマンの孤児院で育てられていたからだ。父の名しかわらからないカーウィン。失われた母親の記憶の手がかりは、唯一、残された青い宝石のみ。そしてカーウィンはそれがマトリクス水晶――エネルギーを物質に、物質をエネルギーにと直接変換することもできる超能力増幅器であることを知る。
 ダーコーヴァには滅多にいない赤毛の持ち主であるカーウィンは、その赤毛ゆえに別人と間違えられ、それがきっかけで<アリリンの塔>のテレパスたちと知り合う。ダーコーヴァでは赤毛はコミン貴族のしるし、ラランと呼ばれる超能力を持つ者のしるしだったのだ。だが、一方で自分の過去を知ろうとする彼の前に次々に現れる奇妙な出来事。孤児院の記録は破棄され、街を歩く彼に見知らぬ人々が襲いかかる。そして彼の記憶を探っている途中で死んでしまったマトリクス技術者。カーウィンは不祥事を引き起こしたかどで地球に送還されそうになるところを脱出し、以前知りあったテレパスたち――共感能力者の少女タニクエル、テレパスのオースター、コミンの一員であるケナード・オルトン、そしてアリリンの塔の<監視者>エロリー・アーデスとめぐりあう。彼らは地球人の手を借りないダーコーヴァのあり方を目指していた。それは機械に仕事を奪われ、鉱山や工場のために街で集まって暮らすような生活ではなく、必要なだけの産業を持ち、地球の模倣品ではない誇り高い生活を守るダーコーヴァの姿だった。しかし、そのためには失われつつあるコミンの環、超能力によっての作業力を高めることが必須であり、カーウィンはその環のひとつとなるために選ばれたのだ。
 カーウィンが地球人との混血だということで蔑むオースター。もしカーウィンの力が認められれば、自分の息子たちにも期待が持てると望むケナード。そして美しい少女の<監視者>エロリー・アーデス。カーウィンは彼らの中でそれまで抱いていた孤独を癒され、テレパスの中で生活することになじんでいくが、そこにはさらに醜い裏切りが待っていた――
 ダーコーヴァの産業効率を高め、市場化しようとする地球帝国と、古きよき生活を守ろうとするダーコーヴァ。しかしこの頃すでに近親婚をくり返してきたコミンに力や技術はほとんど残されておらず、ほぼ手探りの状況でマトリクスサークルを維持しようと試みる。
 それにしてもオルトン一族は、この年代記には欠かせないキャラクターであるなあ、とつくづく感じる。神の御子であるハスターの血を引く者で活躍するのはレジスだけで、ほとんどがオルトン一族の物語だといっても過言ではないようにも感じられる。
 ところで、シリーズ全体を眺めてみると、このあたりでダーコーヴァ年代記でも重要なポイントを占める<監視者>という存在について、少しずつ明らかになってくる。<監視者>とは簡単にいえばマトリクス技術者たちの能力の焦点となる存在であり、超能力が身体の中をまともに通り抜けるために、すこしでも体内でエネルギーの流れに滞りがあると焼き尽くされてしまう――ために、処女でなくてはならない、という掟があるのだ。この<監視者>=処女、という図式と、<監視者>との恋愛、というものが、今後のダーコーヴァ年代記では何度もとりあげられるモチーフとなってゆく。



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