「ほんとうに価値のある美しいもののためには、命を投げださなくてはならないこともある。自由のためにそうするように」
        「アイデンティティ・クラブ」リチャード・バーギン 「ベスト・アメリカン・ミステリ アイデンティティ・クラブ所収 J・C・オーツ&O・ベンズラー編(横山啓明・他訳) ハヤカワポケットミステリ


 ニューヨークの広告代理店に勤務するレイミーは、同じ代理店の上司に勧誘されたアイデンティティ・クラブの正式入会に迷いを感じていた。アイデンティティ・クラブの趣旨とは、誰もが、自分の心酔する芸術家のアイデンティティを受け継ぎ、その芸術家の不滅の魂をこの世に蘇らせるというところにあるのだが、レイミーには自分が誰になったらよいのか、それさえも決めかねていたのだ。アイデンィティを引き継いだものは、外見から行動、正確に至るまですっかり真似する必要があるが、レイミーにはそこまでのめり込むだけの相手はいなかった。しかももう一つ、不安なことが……
 2005年にアメリカで発表されたあらゆる短編の中から選ばれた珠玉のミステリ。
 序文にもあるように、ここに収められたのは紋切り型のいわゆるミステリと呼ばれるものとは限らない。殺人事件も犯人探しもない物語もある。だが……いうなれば、人生そのものがミステリだともいえるのではないか?
 人と人との深いつながりの中に謎が見える。さすがベスト・ミステリというだけあって、どれもハズレなし。オススメの短編集である。

 さて……アイデンティティ・クラブって、もしほんとうにあったら面白そうだなーと思ってしまったのだが、果たして自分だったら誰になるだろうか? レイミーを悩ませるもう一つの謎を知ってしまうと、選び方にも一工夫が必要だし……



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