「トニー・ギャロウェイ」わたしはあらためて呼びかけた。「わたしが何を考えているか、あなたはいつもはっきり知っていたのね――だのに、何も言わなかった」
         
 「リオノーラの肖像」 ロバート・ゴダード(加地美知子訳) 文春文庫

 チエプヴァル。ソンムの戦闘での行方不明者の記念碑が建てられているその地で、リオノーラ・ギャロウェイは長い歳月をかけて知りえた秘密を、愛する娘に語り聞かせる。それは、ソンムの戦いで死んだリオノーラの父親の話であり、彼女を産んですぐに亡くなった母親の話でもある。孤児となり、寡黙な祖父と意地悪な義理の祖母に育てられたリオノーラの周囲には、秘密めかした話がたくさんあった。かつて殺人事件があったという屋敷。父が死亡した後にリオノーラを身ごもった母。そして、祖父が遺産の一切をリオノーラには残さなかったことで、疑いは決定的となる。彼女は、祖父の血をひいてはいないのだ。しかし、わびしい彼女をその暮らしから救いあげたのはトニー・ギャロウェイという若い大尉だった。リオノーラは彼にすべてを隠したまま結婚する。しかし、数年後、リオノーラの父と部隊をともにし、彼女の母や祖父母のこともよく知っているという男が現れたことで、かねてからの謎が明かされ、また新たな謎が深まってゆく。
 さすがゴダード、これでもかこれでもかという絡みまくった伏線。どんでん返しにつぐどんでん返し。それにしても、このトニーがいいのである、出番は少ないけど。リオノーラが隠していることを認め、彼女が話す気持ちになるまで待ちつづけてくれる忍耐強さと優しさ。彼とのシーンには胸の熱くなるような場面がいくつかある。
 リオノーラ・ギャロウェイには、彼女を産んですぐに亡くなった母親の名前が付けられている。ということで、実はこの「リオノーラの肖像」のリオノーラとは彼女の母親のこと。しかし、人はひとりで生きているのではなく、家族や家系といったものの上に成り立っているものなのだとしたら、リオノーラ・ギャロウェイは家族の真実を知ってはじめて自分の肖像を完成させたのだともいえる。なかなか深い意味を持つ邦題である。



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