「お客さんはみんな、落語のことよう知ってはるんですね。感心しますわ」
「あんたが知らなすぎるんや!」
             
  「笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文 集英社

 両親を事故で亡くし、親戚をたらい回しにされる間にすっかり不良となった星祭竜二は、落語のことなど何ひとつ知らないヤンキー。金髪に王冠のようなヘアスタイルの不良である。そんな竜二が元担任教師に連れてこられたのは、かつて関西落語協会の会長を務めたほどの名人、笑酔亭梅寿。いまは単なる酔いどれのじじいとしか見えない無茶苦茶な人物のところだった。しかも梅寿の次男は竜二がかつてさんざん世話になった少年課の刑事竹山(いまは刑事課に異動)。逃げ出すわけにもいかず、殴られ、どつきまわされ、稽古らしい稽古もつけてもらえぬままに、竜二の内弟子生活が始まった。落語、それも古典落語のどこがおもしろいかなどサッパリ理解できなかった竜二だが、師匠の芸に触れるうちに次第に落語の魅力に目覚めてくる。そして竜二には、兄弟子たちも太刀打ちできないような天性の才能があった……
 と書くと、まるで落語の弟子が成長する話のように見えるが、実はそれだけではない。この物語はなんと連作ミステリなのだ。梅寿の付き人として行く先々で起こる殺人事件やら傷害事件やらを、そのときかかっていた落語にヒントを得て竜二が見事に解き明かす。うまい。
 いや、ほんとにうまい。田中啓文、すごいじゃん、やったね! って感じである(エラソーに……すみません)。SFよりおもしろいぞ。妙に捻らず素直に落語になってるところがいいんだろうか。人情落語関連の噺のところではほろりとさせるし、なんともいえないよい味わいである。師匠と弟子のこころの通い合いがなんともいえない。かつて「タイガー&ドラゴン」というわたしの大好きな落語ドラマがあったのだが、それを思い出してしまった。うんうん、とてもよい。ミステリとしてもおもしろいし、青年の成長ものとしてもおもしろい。とにかくオススメの一冊。
(これまで田中啓文を素直にススメられなかった自分、ようやく堂々とススメられるじゃん! と喜んでおります。あー、ほんとによかった。こんなにいい田中作品に出会えて幸せです←大袈裟じゃなく、マジ)。



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