けれどそんなことにはもう、わたしは傷ついたりしない。傷つくのも悲しむのだってパワーが必要で、わたしにはもう、パワーなんてかけらも残っていないのだ。
            
「町が雪白に覆われたなら」 狗飼恭子 (「あのころの宝もの」所収) メディア・ファクトリー

 どうしよう、と思った。すべての作品があまりによすぎたからだ。どれか一作品を選んでそこから引用するなんてことができなかった。悩んで悩んで、最初のページから引いてくることにした。
 「あのころの宝もの」。あのころ……って、いつだろう。そして、そのときの宝もの……はなんだろう。これは、同一テーマで書かれた十二人の作家のアンソロジーである。恋をしていたころのこと、子どものころの思い出、恋愛がはじまったばかりのころ、結婚する前、仕事。いろんな「あのころ」があり、「宝もの」がある。どれも違っていて、そして、どれも切ない。それはおそらく、「いま」ではなく「あのころ」だからだ。すべてが、とはいわないが、どうしても、「いまは失ってしまったけれど、あのころは持っていたもの」という受け取りかたをした作家が多かったようで、せつなく胸が痛む作品が多いことになっている。
 狗飼恭子、加納朋子、久美沙織、近藤史恵、島村洋子、中上紀、中山可穂、藤野千夜、前川麻子、光原百合、三浦しをん、横森理香。
実は中山可穂と加納朋子だけが目あてだったのだが、どうしてどうして、全部よかった。とばかり書いていても、あんまりよくわからない、と思われるので、おそらくこのサイトではいちばん共感を呼びそうな加納朋子の作品を紹介しよう。
デブで不細工で、そのくせ他人の家でのうのうとくつろぐノラ猫。ぼく、サトルはお母さんにどんなに嫌がられようと、その猫がお気に入りだった。そしてある日、その猫は赤い首輪をつけてくるのだ。誰かが飼っているのか? 興味をもったサトルが猫の首輪に手紙を挟んでおくと、次の日、きちんと返事がやってきた。猫に「モノレール猫」なんて名前をつけるセンスはあるが、そっけなくちょっぴり生意気な相手、タカキ。顔を見たこともない相手との奇妙な文通が続き、そんなある日……――他の作品のせつなさに比べると、この話のラストは明るくてかわいい。
ともあれ、全作品オススメです。絶対ぜったい、手に入れてください。


せっかくだから 中山可穂 「光の毛布」
このひとの、こういう言葉のセンスに弱いのです、わたし。題を見ただけで、なんだかすごく綺麗で優しいものが想像できるじゃないですか。
中山可穂の恋はいつだって、叶わぬ恋、終わりの見える恋、愛しあっているのに傷つけあう恋だ。今回は、珍しく男女の恋愛。仕事に夢中になってしまった咲と、彼女を愛しながらも古いタイプの男である智彦。不器用で意固地で、愛しあいながらも自分を変えることは決して出来ず、それゆえに別れざるを得ないふたり。智彦を失ったことで、仕事への情熱も失ってしまった咲が思い出した、「あのころの宝もの」は……――光の毛布。綺麗で優しくってせつない。それがなんだったかは、ぜひ読んでいただきたい。



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