「気づかなければよかったのですか。くろすけと親しくならなければよかったとおっしゃるのですか」
「よかったとは言いたくない。だが、その方が辛くはなかったろう」

            「暗獣」(「あんじゅう」所収) 宮部みゆき 中央公論新社


 三島屋の姪、おちかのもとにやってくる客が黒白の間で語る不思議な物語。だが今回は、ぞっとする、薄気味の悪い物語ばかりではない。特に表題作「暗獣」は、タイトルがひらがなになった途端に可愛らしい雰囲気になったように、実際、不思議でありながら切なく愛らしい話だ。
 化け物がでるという屋敷に隠居した老夫婦が出会ったのは、わらじのような闇のかたまり。ひょんなことからその闇のかたまりと出会った老夫婦は、それを「くろすけ」と名付け、くろすけを懐かせようと、菓子をやったり、歌をうたってやったりする。だがそれは、老夫婦にとっては心なごませる出来事である一方、くろすけ自身にとっては害をなすことに他ならなかった……――
 不思議なものにそっと寄り添う心もちの優しさと、その一方で、不思議なものそのものの在り方をも考える思慮深さ。
 『三島屋変調百物語』も、新しい登場人物を得て、少しずつ雰囲気も変わってきたように思う。
 ありとあらゆる水を逃がしてしまうという平太と、そんな平太にとりついているお旱さんの物語「逃げ水」もよい。山奥の忘れられた祠でさびしく待ち続けたお旱さんと、愛らしい小僧さんである平太のかかわりが、なんともいえずよいのだ。



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