「これに取り掛かっているとき僕はこれ以上ないほどの歓びを味わうことができる。それはぼくの眠りを奪い、食べるのを忘れさせた。僕には夢がある」
             
「フランチェスコの暗号」イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン(柿沼瑛子訳) 新潮文庫

 1999年冬。「僕」トム・コレッリ・サリヴァン、ポール、チャーリー、ギルの4人はプリンストン大学の卒業を目前にしていた。中でも、1年生のときからテーマを決め、書物に埋もれてきたポールの研究論文は、他の仲間たちや大学全体の期待を受けている。論文の対象は『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ』。トムの父親が生涯をかけて取組んできたルネッサンス時代の古書であり、ポールとトムとを結びつけるきっかけともなった書物である。ところが、明日が締め切りという日に、ヒュプネロトマキアと関連する新たな文書が発見された。しかもそれは30年前に発見され、何ものかによって盗まれたはずの古書。ポールは締め切り以上に、ヒュプネロトマキアの謎を解くことを重視し、のめりこんでいく。一方、文書を手に入れた上級生、ビル・スタインが射殺され、自分たちの身辺もにわかに騒がしくなってくる中、トムはかつて別れを告げたはずのヒュプネロトマキアとふたたび関わっていこうとしている自分を恐れていた。書物と研究の歓びに耽り、母をないがしろにして傷つけていた父と同じ道を辿るのか。謎を解くことなく、失意の中で死んでいった父の夢を継ぐことが、息子としての正しい勤めなのか。書物と自分のどちらを愛しているのかと迫ってくる恋人のケイティ、追いつめられて救いを求めてくる友人のポール。友情か。それとも恋愛か。揺れ動き、思い悩む中で、トムはこれまでの大学生活を振り返る。
 『ヒュプネロトマキア』に隠された暗号をいかに解いてゆくか、というおもしろさの一方で、これは友情と恋の物語。トム、ポール、チャーリー、ギル。専攻もそれぞれに異なり、育った環境もまったく違う4人が、互いに助け合いながら、すごしてきた4年間。4年のあいだには、恋があり、研究があり、友情の亀裂もあった。その4年間のすべてが、ポールの研究に、卒業前の一夜に集約されていく。
 読み出したらとまらないおもしろさ。特に本を読みはじめたらとまらない、一冊の本のために、眠りも食も、恋さえも忘れてしまうトムやポールに共感できる人には、たまらない作品である。



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