「たぶん、わたしきのうと今日のことは一生忘れないと思う」とアユミが言った。「だってこの二日間でわたしたちは大人になったんだから……」
           
 「雨の恐竜」 山田正紀 理論社

 ヒトミには不思議な記憶がある。赤い夕日の中、ゆらゆら動く恐竜の背中にしがみついていた記憶。四歳か、五歳か、六歳のころ。無邪気によろこぶヒトミの後ろには、幼なじみのサヤカがいたし、同じく幼なじみのアユミは、恐竜の先にたって走っていた。でも、それはもしかしたらただの夢かもしれない。
 14歳になったヒトミは、サヤカともアユミとも、目があえば挨拶する程度の仲でしかないし、恐竜の話をしたこともない。けれど、ある朝、映画部顧問の浅井先生が恐竜に突き落とされたらしい、という電話をもらったことから、ヒトミはふたたび、恐竜に、そしてサヤカとアユミに関わっていくことになる。
 理論社が「ミステリーYA!」(これはやはり「ミステリーや!」っていう大阪弁とひっかけてあるんでしょうか)と銘打って出した書き下ろしシリーズの中の一作。そうそうたるメンバーばかりなのだが、なみいる作家陣の中に山田正紀の名を見つけたときには驚きましたとも。しかも(本人もあとがきで苦労を述べているが)14歳の少女たちが主人公とは。
 恐竜オタクのサヤカも、学校一の美少女アユミも、そしてヒトミも、人にはいえない家庭の悩みを抱え、14歳の少女なりに真剣に自分自身と向きあっている。
 ある種の子供にとって、生きのびるためには、サバイバルするためには、どうしても家を出る必要がある。そうしなければ――肉体が、ではなしに――精神がほろんでしまう。一度も燃えあがることなしに、ブスブスとくすぶったまま死灰のようになってしまう。
 それでも、子どもゆえに耐えていた彼女たちだが、事件をきっかけにいっきに大人になってゆく。
 「大人になるって」「なんだか少し淋しい」「わたしはそうは思わない。早く大人になりたい」
 瑞々しい少女たちの感性が痛々しい作品でもある。山田正紀ファンには、彼の別の一面を知るためにも、ぜひともススメたい一作。

(といって、この作品を読んだ中高生が山田正紀の他の作品を即読めるかというと……難しいような)



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